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|KART製作日記 はじめまして。今回カート製作日誌なるものを担当させていただけることになりました、緑川と申します。
普段は99%オートバイ関連の仕事しています。主業務はオートバイにステッカーを貼ることです。バイナルグラフィックスなどとも言われていますね。(Vinyl
graphics =ビニール(塩ビ製カッティングシート)によるグラフィック製作)
自慢ではないですが、過去には全日本ロードレース JSB1000クラスでチャンピオンを取った車輌の施工(塗装後のステッカー貼り付け)もさせていただいたことがあります。その車輌はツインリンクもてぎ内にある、ホンダコレクションホールに飾られたこともありました。この時は本当に運が良かったと思います。実力ではないと思っています。さらに上を目指して日々、精進の毎日です。 今回、このような素晴らしい機会をいただきました。僕の持っているノウハウを惜しみなく出して、カートレースで頑張っている方々に利用していただければと思いました。 よろしくお願いします。 ![]() まず写真を撮ります。 車体がついていたほうが、デザインしやすいですが、サイドボックスだけでも施工できます。 ![]() デザインします。 ![]() デザインを見ながら、グラフィックのライン取りをします。(PC内で反転させることができるので、取るのは片面だけです。僕はいつもざっくり取ります。PC内での整形が勝負です。 ![]() 型紙に写し取ります。 スキャナーで読みこみます。
読み込みサイズはA4までなので、大きいグラフィックは2〜3枚に分けて取り、PCの中で合体させます。 そして、PC内でデータを作ります。使うソフトはアドビ イラストレーターです。ベジェ曲線というツールでアウトラインパスをトレースしていきます。 作ったデータを出力し、大きさ、形がかっこよくできているかチェックします。 曲面形状がきつい時は、接合部が合わない時があります。うまく合うまで微調整を繰り返します。地道な作業です。 グラフィックの形状が合ったら、今度は色を付けて出力し、その場所に合ったイメージ、色合いになっているかチェックします。ここでもグラデーションの幅や接合部が合っているかチェックし、調整します。
![]() データがOKであれば、ステッカー用塩ビシートにプリントします。もちろんこの時に、文字などを先に埋め込んでおけば、あとは貼るだけの作業となりますが、この時はデザインがまだ完全に、フィックスされていなかったため、とりあえずベースとなるものだけ出力しました。 文字ロゴは、その場所に合った色合い、大きさに合わせた物を作ったほうが必ず見栄えがするので、僕はなるべく、文字は別貼りします。 ![]() 大きいシートは必ず中央部分を先に付け、外方向へ、あるいは八方へ、力を逃がしながら貼り進めます。(一部分ばかり攻めて貼っていくと、他の部分にしわ寄せがきます) ![]() 貼り進めます。青を何ミリ見せるかとか、黒をどれだけ隠すとかに、とても気を使います。ほんのちょっとの差ですが、うまくバランスを取りながらやらないと、完成後、パッと目に入ってきた瞬間、「なんか違うかな・・。」ということになってしまいます。細かいことの積み重ねが、後になって必ず大きな差になって現れます。(と僕は思いまーす(^^;) ![]() PC内で作ったデータをそのまま出力しても、ロゴの大きさがその場所にそぐわない時が多々ありますから、まずは紙出力して、大きさを見ます。 ロゴの大きさが背景にうまく溶け込んでいないと、完成車輌をパッと見た時、全体のデザインに違和感を覚えます。その場所に一番合った大きさを1mm単位で出力、貼り位置も1mm単位で動かして、徐々に積み上げていきます。 デザインを生かすも殺すも、僕はここが一番大事な作業と思っています。 ![]() 「I love KART」文字は当初黒だけでいこうと思っていましたが、黒文字が青に飲み込まれてしまい、目立たなくなってしまったので、白のフチを付けることにしました。 ![]() ![]() ![]() 完成です。 いかがでしょうか・・? デザイン料 @無し(現在いただいておりません。) データ作成料(グラフィック整形データ) @2600円X4時間=10400円 プリント料 10cm=2600円 X60cm=15600円 プリント品の機械カット料@2500円X2=5000円 その他細かいステッカー類 I LOVE KART @1200円 SLO @735円 JAPAN KART RACING(3色) @840円 DUNLOP@500円 など・・、です。 貼り付け工賃@2600円X2=5200円 計4万円前後になります。 (データ作成料(グラフィック整形データ)は、2台目以降にはもちろん発生しません) 追記 カートは「僕の原点」と言ってしまってもいいと思います。20歳から28歳まで、足掛け8年のカート歴があります。まったく乗らない時期もありましたが、真剣に(?自分では真剣にやっているつもりでした)レースを追いかけた時期は3年あります。(SLレースとリードスタンダードクラスですが・・。) 26歳の時に、ワーキングホリデー制度でオーストラリアに渡った時、何をやろうか考えました。何かやりたい、何か目標があったわけでもなかったので、とりあえず好きな道に進もうとカートショップ勤務を選びました。最初、「仕事が少ないから、雇っていさせてあげられない」と言われてしまったのですが、「給料はいらないから、是非!」と無理矢理頼み込んで、いさせてもらいました。 最初、自分はカートがたいしてうまくないと思っていたのですが、毎日、朝から晩までカートの事を考えていると、どんどんうまくなっていくものですね。「なんだ、自分は結構できるんじゃないか」、と自信をつけ始めることができたのはこの頃だったと思います。 シーズンの後半になると、今まで自分には絶対に無理だろうと思っていた大きな大会(ステイトタイトル=州チャンピオンシップ)で10位くらいを走行できたりと、大きな自信を掴んでいきました。(オーストラリアは日本より圧倒的に競技人口が少ないです。レベルは日本のほうが上だと思います。そして、レースもKT100エンジンクラスがメインでした。コストを抑えないと、競技人口が減っていってしまうためです。が、その大会には、後に鈴鹿カートグランプリで来日することになる猛者も多数走っていました。) その頃、ジェームス・コートニーやライアン・ブリスコー選手などは、カデットかジュニアクラスで走っていたと記憶しています。 ワイン・ガードナーが住んでいることで知られるウロンゴンという東海岸の街があり、その場所で世にも珍しいカートの公道レースが年1回開催されていました。この時は本当に調子がよく、タイトラ2位、予選2位、決勝も2位を走っていたのですが、ギャラリーの多さ、生まれて初めての表彰台のことが頭にちらつき、あまりの緊張のため守りに入ってしまい、結局後ろから追突され、リタイヤとなってしまいました。(涙) (普通クラス。) プロクラス?。前年トップランカーの走る招待選手クラスとは別クラスでした。とても貴重な経験でした。 バイナルグラフィックスに出会ったのはこの時でした。僕のいたお店にカッティングマシンがあり、暇な時に自分のマシンをデコレーションして遊んでいました。(切った貼った程度です) デザインがうまく行き、「自分にはセンスあるな」とは思いましたが、職業にすることになるとは、その時は夢にも思いませんでした。 32歳の時、大好きだったアプリリアのバイクレーサー原田哲也レプリカを作ろうと自分のバイクでやってみたところ、思った以上にうまく行き、「これなら絶対行ける!面白い」と考え、突っ走り始めました。修行も何もしないで始めたので、完全に独学です。いいか悪いかは分かりませんが、今こうして仕事がいただけるのであれば結果オーライじゃないでしょうか・・。だから実際は、専門的な事は知らないことのほうが多いのかもしれません。(汗) |
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